E.グリーグのピアノ音楽に見る「民族性」に関する研究 Ⅰ、Ⅱ
(発行所 鳴門教育大学)
E.H.グリーグ(Edvard Hargerup Greig、1843~1907)は、音楽史上において、ドイツの古典・ロマン主義の影響を受けている国民楽派に分 類される。そして、彼の音楽はよく「民族主義的音楽」という言葉で表現される。グリーグの音楽には、誠に美しい雰囲気が込められており、それらはまるで北 欧の大自然と共存する北欧民族の脈動とも言える。そして祖国を唄うグリーグの音楽が人々に愛されるのは、純音楽的な形式のみに基づいて創り出された芸術作品 とは異なり、音楽の中に素材として古代から生活の文化として共有されてきた伝統的な民族音楽を体現することに成功したからであり、そのため彼の音楽は「ノルウェー人の魂」を唄う芸術作品として人々を魅了するのである。
本研究は、グリーグの音楽作品の中でも民族的要素が強いとされるピアノ音楽に焦点をあて、彼が芸術作品に求めた「民族性」とは一体何なのか、それによって何を表現しようとしたのか等を、彼が用いた音楽様式の分析を通じ解明していくものである。
グリーグのピアノ作品研究をすすめるにあたり、彼の民族主義的色合いから2つの時代(前期1861~1875、後期1876~1907)に区分し、音楽的特徴について考察する。
概要
Ⅰ E.グリーグのピアノ音楽に見る「民族性」に関する研究 Ⅰ
(鳴門教育大学研究紀要 第12巻)
グリーグのピアノ音楽について、1875年(彼がハルダンゲル・フィヨルド地方に移住)頃を境にして、彼の民族主義的な作風が大きく展開している。彼の初期作品は、むしろ民族的音楽様式の発展期を迎えるにおいて、試験的段階に書かれたものと言ってよい。本研究では、(1)19世紀の政治的背景、ノルウェー音楽の実態及びグリーグに影響を与えたL.M.リンデマンの音楽について、(2)グリーグのピアノ作品概観(1861~1875)、初期作品を詳しく楽曲分析しながらグリーグ独自の音楽様式への転換等について、論じている。
Ⅱ E.グリーグのピアノ音楽に見る「民族性」に関する研究 Ⅱ -後期ピアノ作品《スロッテル》の楽曲分析から-
(鳴門教育大学研究紀要 第13巻)
グリーグの後期の作品(1876~1907)において、彼はどのように民族主義的作風を展開させ、また独自の音楽様式とはどういうものなのか。本研究では、グリーグ晩年の最も民族主義的作品とされる《スロッテル Op.72》を取り上げ、この作品の原曲であるハリングフェーレ(ノルウェーの民族楽器)の作品とを比較させながら楽曲分析をし、具体的なグリーグの音楽様式について解明している。またグリーグ独自の和声様式が、後の印象主義音楽であるドビュッシー、ラヴェルにどう影響を与えているか、実際に和声法を分析しながら共通点を得ている。(1)ノルウェー民族音楽の特質について、ハリングフェーレの楽器と作品分析。(2)グリーグのピアノ作品概観(1876~1907)及び音楽的特徴、Op.72《スロッテル》の楽曲分析。
E.グリーグの音楽とノルウェー民族音楽
-ピアノ作品Op.72《スロッテル》とハリングフェーレ(民族楽器)との比較分析―
発行所 日本音楽学会 第47巻 3号
グリーグのピアノ作品Op.72《スロッテル》は、1902,3年に作曲され、全17曲にまとめられている。この作品は、ノルウェーの民族楽器であるハリングフェーレの楽曲を基礎としており、そこではグリーグが獲得したピアノ音楽における民族的音楽語法の至高の結実を見ることが出来る。本研究では、詳しくハリングフェーレの楽器構造や音楽作品を分析したうえで、グリーグの音楽との類似点について関連付けている。今回は、《スロッテル》Op.72-no.4,11,13,14を取り上げて、(1)作品に使用されているノルウェー民族音楽ならではのリズム構成、(2)グリーグの創造的な和声構造、音色効果、形式の簡潔化等と、民族感情を表現し得るため、どういった手法で他に比類のない独自の音楽様式を確立したか、(3)彼は、作品に北欧色を加味することで何を表現しようとしたのか、等を論じている。